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伊勢屋横丁と道場小路

◎東北大学片平キャンパス北側の金属材料研究所の東側を南北に走る通りを伊勢屋横丁、その一本東側を走る通りを道場小路、伊勢屋横丁の南端を東西に走る(金属材料研究所の南側)通りを弾正横丁といいました。 現在、道場小路と弾正横丁は東北大学の敷地内でありません。
◎交通手段  : 仙台市営バス 一番町中郵便局前など
◎現住所   : 仙台市青葉区一番町1丁目、片平丁2丁目
◎施設・学校 : 東北大学片平キャンパス、東一番町教会

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伊勢屋横丁

 藩政時代、柳町と伊勢屋横丁との角辺りに侍に人気のあった酒屋があったようです。 その店の屋号が「伊勢屋」だったので、伊勢屋横丁と呼ばれるようになったようです。 一本東側の通りである道場小路には、その名のごとく松林左馬之助(蝙也斎)の道場があったので、そこに通うお侍さんたちもここで飲んでいたのでしょうか? 
 後年、乃木希典大将が仙台の第二師団団長時代(明治28年ころ)にこの町に住んでいたそうです。

松林左馬之助(蝙也斎)
 松林左馬助は浅間山の天狗に剣術を学び、飛んでいるハエの首を切り落としたり、川沿いの柳の葉が水に落ちるまでに13個に細切れしたとかいわれ、仙台藩二代藩主忠宗の時に藩の剣術指南役になった人物です。
 そんな名声が江戸にも聞こえ、「伊達藩にそのような剣士がいるのならぜひ見てみたい」と三代将軍家光に言われ、伊達の殿様は左馬助をつれて江戸に行きました。 ところが将軍家光は目の前に現れた左馬助を見てがっかり。 そこにはもう六十歳になろうかというおじいさんが立っていたのですから。
 ところがいざ試合が始まると、その身のこなしは江戸の名あるどの剣士よりも機敏に動き、何よりも驚いたのは相手の刀に身軽に飛びのったり、屋根に飛び乗ったりと、相手を翻弄しては相手に打ち込んでいったそうです。そのひらリひらりとすそを翻して飛ぶ姿に将軍様は「あっぱれ、その姿蝙蝠(こうもり)の如し」といい、左馬助にたくさんのご褒美と蝙蝠のような剣術であるから「蝙也斎(へんやさい)」という名前を与えたそうです。


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