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肴町(さかなまち)

◎現在の広瀬通の一本南側、国分町から西側の通沿いを肴町といいました。 肴町は御譜代町の次席でしたが、戦後は魚市場の移転に伴って問屋街も姿を消し、肴町公園に名を残すのみになっています。
◎交通手段  : 仙台市営地下鉄 広瀬通駅、 仙台市営バス 東北公済病院戦災復興記念館前など
◎現住所   : 仙台市青葉区国分町1丁目、同区大町2丁目
◎施設・学校 : 肴町公園、戦災復興記念館

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 肴町は御譜代町の次席で、米沢時代には町のあった位置から東町と呼ばれましたが、岩出山と仙台においては置かれた場所が適当な方位でなかったので魚市場や魚問屋が置かれ、藩主の食材献上の役を担っていたことから肴町と呼ばれるようになり繁盛しました。 
 また肴宿と呼ばれる宿も十数件あり、他領の商人が宿泊しました。 町火消しは肴町と二日町に配置されましたが、特にこの町の二組はその威勢を誇ったといわれています。 肴町独自の「浜祭り」も盛大で、東照宮祭礼の時に繰り出される大ダコの山車などは肴町衆として他町から恐れられたそうです。
 肴町には、ひとつの伝承も残っています。 かの関が原の合戦の折、敗将であった土佐の長曾我部盛親の一族のものが、当時伊達家を頼りに仙台に亡命して肴町に居住し、町の発展に尽くしたという話も残っています。


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